ラヴェル ピアノトリオ


皆さん、コロナが緩んでいろいろ旅行に行かれて楽しまれているようで、良かったです。
私も昨日ラヴェルのピアノトリオを全楽章弾かせていただいてとても印象深い旅が終わった気分です。
大変だったけど、一緒に弾いてくださったお二人と気持ちよく練習、本番ができて幸せでした。とても感謝しています。
ラヴェルのピアノトリオ、ま、とにかく大変でした。トリオ以上の曲でこんなにうちで1人でも練習したのは初めてだったと思います。
お話はずっと前にあったのですが、いろいろあって9月始めの初合わせの2週間前から泣きながら譜読み。他パートの陰符いっぱいのパート譜でしたが、それでも全然わからない。5拍子、7拍子、そしてパートによって拍子が違うのの組み合わせ。苦手なピチカートとトリルてんこ盛り、鳴るかどうかハイリスクなフラジオいっぱい。
譜読みを終えて最初の合わせが終わった時点で何故か「あとは弾けばいいだけだ」と妙な達成感があって、今となれば何故そんなに「弾くだけ」と簡単に思ったのか不思議です。
弾くことももちろん大変でした。ヴィブラートとアルコの持ち替え、音飛び、「ずっと3拍子だけでありがとう」と思った緩徐楽章の3楽章は、音の繋ぎやビブラート、たっぷり音を出す中での左手の音程シフト。結局最後まで試行錯誤の毎日でした。
YouTubeを穴の開くほど何度も見たり、でも大事なとこでチェロが映ってなかったり、チェロの先生にもレッスンでこうやって弾くものなのかどうか、どういう練習をすべきかなどアドバイスをいただきました。
合わせることも自分のピチカートやフラジオの音が遅れることがアンサンブルの狂いの原因になることもわかって、マスゲームみたいな、「え?これ、私、絶対苦手だよね」という領域に入ってしまっていることに気がつきました。私はどちらかというと全体の流れを止める方の専門家なのです。室内楽好きだけど、よく考えたら室内楽はこのチームプレーなので、いや、音楽自体、流れるものなので、そもそも手を出すべきではなかったのかもしれないけど、もうこの歳までやって後戻りもできないので続けますが。
でも苦しいというよりは、やはり密かに楽しい毎日でした。何でかというとやっぱりラヴェルは私の思い出の人だし、そして、その頃は思ってもみなかったことだったからかな。
知ってる人は知ってますが、この10月で私は60歳になりました。
ざっくり言って、人生の後半30年はチェロと過ごした。そして、ざっくり言ってその前半の15年は会社にどっぷり浸かっていた。
ラヴェルを知ったのはそれより前の言わば私にとっての音楽黎明期で、大学に入った今から40年くらい前だろうか。
私はクラシックを聴く家庭で育った訳ではないので、とにかく自分で探すのみ。自分で本当に好きになった初めての作曲家はラヴェルだった気がします。
それで本番が終わった今日やっぱりしておくべきことはこれかと思って、クローゼット(例のウォークインクローゼットのウォークインが難しくなっているやつです)の奥にあったカセットテープの詰まった箱を取り出しました。
40年前のラヴェルとの出会い。
NHKFMの週末の吉田秀和の「名曲の楽しみ」という番組の前か後かに「大作曲家の時間」というのがあって、オープニングに「クープランの墓」のメヌエットの管弦楽版が流れて、ラヴェルの曲をずーっと何回に渡って放送していて、たぶんそれが私のラヴェルとの出会いだったのではないかと思います。
自分で買ったラジカセで時間前にはアンテナを調節して、エアチェックするのです。音楽だけにしたいので、録音ボタンをセットしてポーズで待ちます。当時の新聞の番組表の切り抜きが出てきましたけど、放送する曲名とそれから演奏時間も(何分)出てるのですね。それで準備すべきカセットテープを考える。編集とかできないし、タイマーもないし(あってもアンテナで雑音の調節をするから現場にいる必要がある)、とにかく一発どりです。家族がふらふら周りを歩くと雑音が入ったりするので、通行禁止にします。
カセットテープのケースの紙に曲名と演奏者を書いて、鉛筆で残り何分とか書いてあったりして。
その録ったテープは気に入ったものは何回も聴きました。寝る時布団の中でとか。
そして、よっぽど暇だったのか、自分でカバーまで作っています。
そんな中にありました。ピアノ三重奏曲、ヴァイオリン:デュメイ、チェロ:ロデオン、ピアノ:コラールと書いてありました。
これまたクローゼットで長く眠っていた、うちで唯一生き残っているテープレコーダーで聴いてみました。
シャーという雑音とともに聴こえてくる音は耳に優しいアナログ音で、確かにあのときのラヴェルでした。
もちろんその頃、自分がこの曲のチェロパートを弾くようになるとは思っていなかったし、チェロの音に特に覚えはなかったけど、味わいのある演奏で、各パートのパッセージでの役割とか、レコードだからこんだけクリアに各パートの音を編集で出せるのだろうかなどと思ったり、そうはいっても、今回は本当にとにかく合わせるので精一杯だったけど、もっとそういう構成も整理すると良いなとか思いながら、全部聴きました。
この演奏はナクソスにも上がっていてきっと今でも名演なのでしょう。
やっと今日再会を果たしました。
今回練習をしながら、やっぱりこのラヴェルの気品のある音作りというか、響きが、あとちょっと妄想過多で大げさなワルツとか、私はすごく好きだと思いました。その頃、ドビュッシーよりラヴェルが好きだった。ラヴェルの方が硬質だからとその頃は思っていたかもしれない。今は音楽としてドビュッシー、とてもいいと思います。ベートーヴェンの方が深さはあるのかもしれない。でもクラシック音楽をほとんど知らない若い私が「好き」と選んだその特別感は何十年経っても健在なのはほんと成長がないともいえるし、好きってそういうことなんだろうなとも思った。ヴァイオリンとチェロとが半音でぶつかってるときの美しさ、ああこれが前から私は好きだったんだと確信するのです。
ラヴェルの思い出としては、もう一つ、とにかくラヴェルのことが知りたくて、大学の図書館にあるフランス国立図書館が発行したラヴェルの写真集のようなものを借りたのを覚えています。そこにラヴェルの月をイメージしたベッドというのがあって、それがまたすっきりとした素敵なデザインで、それからその本とは別の本だったか、ラヴェルはルドンの絵が好きなんだとか書いてあった。その頃ルドンって変な首なしが飛んでるようなぼんやりとした絵と思っていたので、そうなのーってくらいでしたが、数年前ルドン展でルドンを再認識してからはやっぱり一流のものを選んでいたのだと思いました。
すごくおしゃれな人なのだとどこかで読んだ気もする。
とにかくそのころインターネットもない中で、好きな人のこと一生懸命調べた記憶があります。
そのころやっていたのはピアノで、「クープランの墓」の楽譜を買って、メヌエットくらいは何とか弾いてみたりしていた。それから、友達とマメールロアを連弾で。ピアノを少し教えていた時には、小学校のマチコちゃんとマメールロアを弾いていた。
40年前にぼんやり思い描いていた人生とは全然違って、まあそのぼんやりがまずよくなかったとは思うのだけど、本当に何やってんだかよくわからないまま終わりそうなことになっています。でも、かなり無理のある感じではあったけど、ラヴェルのピアノトリオのチェロを弾いてるなんて、けっこう思いもよらない展開でもあるなとちょっと嬉しく思いました。
そのことをやっぱり今日書いておきたいと思いました。
長い文章、もしここまで読んでくださった方がいらしたら、お礼申し上げます。ありがとうございます。

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