2019.11.08 13:19平野啓一郎「ある男」《里枝も、口を開かなかった。何が起きているのか、まるで分らなかったが、ただ夜の訪れを前にして、蛍光灯に隅々まで照らし出された澄んだ静けさが、ひどく愛おしくて、その時間を壊してしまいたくなかった。》《窓の色はビル群を抜ける度に夕暮れに染まってゆき、地平線に溶け残った最後の光が尽きるのは、うっかり見逃してしまうほど速かった。》平野啓一郎という作家の名前は知っていたけれど、今まで読んだことはなかった。何だかけっこう才気走った作家というイメージがあった。でも読み始めてその文章に奇をてらったところはなく、きちんとしていて、責任感のある、落ち着いたスタイルが好きになった。上に挙げた文章はこの小説のかなり前のほうに出てきたものだが、あ、この人、夕暮れ好きかなーと思っ...